名誉館長の部屋

見えにくい世界1 バオバブ

2016.08.20

咲くやこの花館ではいつも300種以上の花を咲かせ、世界の植物を観察、観賞していただけます。そして5月25日にバックヤードの話しで取り上げさせて頂いたように入館者の皆さんからは死角になっている部分や、説明がなければ見えにくい部分が存在します。私も45年前から植物の故郷を訪ね北半球の大部分の国を回ってきました。自生地の情報は何より重要です。できるだけ温度や雨量などの情報を得るだけでなく、土壌や根、球根等の状況を知るために地面を掘ることもよくあります。見えにくい世界こそが重要なのは他の世界でもよくある事と思います。栽培となるとそれをベースに種々の経験や情報を元にアジャストを加える必要があります。自生地の環境がその植物にとって早い生育を期待できないケースがしばしば見いだせます。千年以上の長寿の植物の多くは乾燥、低温、養分不足地でゆっくりと育っています。栽培の世界でも野菜のように早く美味しいものを収穫という方法と、盆栽のように究極の植物の姿をミニチュアの中に描き長く維持していく両極端の方法があります。例えばハワイの高山植物、ギンケンソウは現地では成長期が短いために花が咲く迄長い時間を要します。当館でも肥料を控え現地に近い状態で10数年をかけて咲かせています。以前英国王立園芸協会ウイズレー植物園の園長ガーディナー氏に当館での講座の講師になって貰ったことがあります。氏はギンケンソウを種子から1年ほどで開花させたと言われました。肥料はと尋ねると肥料漬けだったと。昨年、当館でも発芽したギンケンソウを多肥栽培したところ今迄にない勢いで生長しはじめました。しかし、花が咲くと枯れ、しかも1株開花では発芽能力をもつ種子が収穫できないのも分かっているだけに、今では肥料を控えています。基本的には銀色の毛をもつ葉の展示が重要な本種の栽培方法は自ずと決まっていきます。このような方針をひとつひとつの植物の命を預かる栽培関係職員と検討をしながら順次展示に回して行っています。

8月が開花シーズンのフニーバオバブ(Adansonia rubrostipa=A.fony)はマダガスカルの西部から南西部の海岸より分布、アフリカ側の乾燥した気候の影響を受けます。学名のアダンソニア・フニー(Adansonia fony)は1898年にフランス人H.E.Baillonにより付けられました。しかしこれは正式名ではなく裸名で、1995年アメリカのミゾーリ植物園のD.A.Baumが国際植物命名規約32条1項に基づき無効としました。その結果1910年にフランス人のH.L.JumelleとH.Perrier de la Bâthieが命名したアダンソニア・ルブロスティッパ(A.rubrostipa)の名を使うべきだと提唱しています。花博当時の立ち上げで乾燥地植物室を担当されていた近藤典生先生は、rubrostipa(赤い柄)の名前は雄しべ基部にある赤い雄芯筒を指しますが、この特徴はアダンソニア・ザー(A.za)やアダンソニア・マダガスカリエンシス(A.madagascariensis)にも見られるのであえてアダンソニア・フニー(A.fony)という現地での名称フニーを使われていました。

 当館でもフニーバオバブの名前で親しまれてきたいきさつもあり、ルブロスティッパバオバブ(A.rubrostipa)の名を使用していません。アダンソニア・ザーといえば気になるのは乾燥地植物室に2株あり約5mに育っているザーバオバブです。花はフニーと同じで萼は赤紫色でらせん状にカールします。花弁は黄〜橙色、雄しべは黄色、雌しべは赤紫色ですがフニーの花弁は雄しべより短く、ザーではほぼ同じ長さなのが違います。また木肌が全く違います。分布地域はフニーに隣接しています。もうそろそろ咲いてもよいバオバブです。

 さて、今年咲いたフニーバオバブをご覧になった皆様は気付かれたでしょうが、ある枝のある部分にかたまって蕾が付き次々と花が咲きました。よく見るとそのある部分の基部に針金が環状に食い込んでいるのです。これは偶然の結果ですが、カキ、モモ、ブドウ、ミカンなどの果樹園芸でよく行われる環状剥皮(ringing)や針金結縛処理(wire tightening)と同じような効果が出たのと考えられます。当館ではジャカランダ、トックリキワタなど花を沢山咲かせたい時に行う処理です。環状剥皮は幹や枝の表皮に切れ込みをいれ、外皮、内皮、形成層に傷をいれます。師管を切る事により根にまわる養分を一時的に止めて樹勢を弱らせ開花促進、落下防止、果樹では果実の肥大、糖分の増加と子孫を残す方へと導きます。これらの効果を一層増すのに針金結縛処理が役立ちます。

特に開花が多かった部分
針金が幹に食い込んだところの上部に特に開花が多かった

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