館長の部屋

長崎からボトルツリー(トックリノキ)の問い合わせが

2018.08.09

 

1945年8月6日広島に、9日には長崎に原爆が落とされ一瞬のうちに多くの命が奪われてしまいました。73年目になりますが、未だに原爆の危機は世界から消えていません。2ケ月ほど前に長崎新聞から咲くやこの花館の事務所に電話があり、当館のボトルツリーの様子、サイズなどの問い合わせがありました。係員からその話を聞いてピンときました。半年ほど前に、「長崎のボトルツリーが枯れた」のうわさがながれていたからです。新聞社は日本最大だった長崎のボトルツリーの次の株はどれかをサイズで比較して知りたかったようです。よく「日本一」とか「目玉の植物」だとか訊ねられたりすることがありますが、私自身、使いたくない表現で、世界から見ると点のような話や、特売品のようなイメージで大切な生き物を扱いたくありません。長崎市内の長崎公園に植えられていたボトルツリー、もう10年ほど前にも長崎市からの問い合わせで、長崎のものが日本一のサイズか訊ねられました。私も気になり2014年に長崎県の自然やハウステンボスの運営について調査の際に訪ねました。付近にはメタボなクスノキやスウェーデン人で東洋の植物研究者ツンベルグの碑などもあり興味深く、二度訪ねました。この木は1932年、上海で造園屋を営んでいた長崎出身の方が持ち込まれた株でした。原産地はオーストラリアのクインズランドです。長崎の株は幹回り3m45cm、高さ7mでした。(当館のボトルツリーは一回り小さなものです。) 2016年1月の寒波が枯死の原因とされています。(当館では10年以上屋外でも元気に育っています。) 植栽場所が石垣の端で水はけは良いものの、土がかたまり水や空気の通りが悪くなっているようにも思えました。付近のクスノキの太さも気になりました。地中の水分が少ないのがその理由のひとつでしょう。長崎の株は原爆にも遭遇した生き証人だっただけに残念な結果です(写真は2014年11月の長崎公園のまだ元気なボトルツリー)

 

長崎の被爆ボトルツリー(2014.11)

今年5月には広島市植物公園で日本植物園協会の総会等が開催されました。一般公開の勉強会では「被爆樹木」が紹介されました。爆心地から2km付近までで生き残っている160株の樹種はアオギリ、イチョウ、エノキ、カキ、クスノキ、クロガネモチ、センダン、ソメイヨシノ、ツバキ、ナツミカン、ナツメ、フジ、ムクノキ、ヤブツバキ、ユーカリなどで外国産植物も含まれています。「グリーンレガシーヒロシマ」の手で被爆樹木の種子が世界中に配られ、原爆を、そして平和を考える種子が播かれています。

日本育ちだがオーストラリア並みに肥大
枯れ枝も少し見られる
付近のクスノキも肥大化

咲くやこの花館のボトルツリー三様

オーストラリア育ち。導入時1.5トン
長年屋外で栽培、日本育ち
日本で育てるとよくポールツリーになります

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